本当の親友とは

人生を楽しむコツ
 
親友とは何かという明確な定義はありません。
本当の親友とは心で感じるものなのです。どのような友達を本当の親友と言うのか、私の経験からお話ししてみます。
またこのような友達を持つことは人生を楽しむためのコツになります。

本当の親友・・私の経験から

親友とはどういう者か定義はあいまいです。定義など無いと言ってよいでしょう。
wikipediaでも、「親友(しんゆう)とは、とても仲がいい友人を差す」とだけ言っています。
この説明の中で、「とても仲がいい」と言っていますがその程度を指し示す尺度は示されていません。
さらに「友人」とは何かの定義はまったくありません。

私は「本当の親友」とタイトルしましたが、では本当でない親友は存在するのかと言われれば、困ってしまいます。
親友であることを強調して、「本当の」と表現しただけですから、「親友」となんら変わりません。

さて、本当の親友にしろ、親友にしろ、辞書を引いてもwikipediaの説明と大差なく、明確な定義は示されていません。
このことは何を意味するのでしょうか。

定義できないと言うことを示しているのです。

自分が親友だと思えば親友なのですし、ただの友達だと思えばただの友達です。
心がどう認識するかと言うことですから、定義のしようがないのです。

しかし、webには色々の見方や考え方が載っています。
これらは皆、その出されている方々の考えですから、そういう考え方もあるのだと認識すればよろしいです。
「親友とは」、「本当の親友とは」、「友達」などで検索すればたくさんの考え方を見ることが出来ます。
そういう意味合いでは、私がここに述べるのも、一つの見方としての意見となります。
決してこれが「親友」の定義ではありません。
私(77歳喜寿の男性)はこう感じていると言うことを述べようとしているのです。

人間は一人では生きて行けません。
家族や友達、会社の人や近所の人、多くの人たちとの交流があって初めて生きて行けるのです。
家内や子供、親友など心を通わせることの出来る人がそこに居てくれることは、人生を楽しくしてくれます。
本当の親友を持つことは人生を楽しむコツなのです。

親友となる人との出会い

私は小学校の頃に兄にギターを習い、趣味としてずっと続けています。

大学時代、下宿していましたが安アパートでベニヤ仕切りです。
隣の音もよく聞こえますし、廊下から室内の音も聞こえます。

ある時廊下を歩いていましたら、中からギターの音がします。
ちょっと立ち止まって聞いていましたが、ドアを開けて声をかけてみたのです。
「大変良い音がしていますね。私もギターが好きですので一緒にやらせて頂けませんか」と。

3畳の間ですが、快い返事に上がり込みました。
階が違っていましたので、私は自分の部屋までギターを取りに行って来て、一緒に合奏してみました。
突然合奏ですから非常に優しい一般的な曲をやってみました。

互いに、「楽しかったですね、またやりましょうよ」と言うことになり、しょっちゅう一緒にやりました。
そのうち、その人から「私はギター教室に通っているのですけど貴殿もどうですか」と誘われて、私も通うことにしました。
その人はギター教室に通うのにバスを乗り継いだりしておられましたが、私はバイクを持っていましたので後ろに乗せて通うことにしました。
その人は、通うのが楽になって助かりますと言っておられました。

彼はお見合い中で、その人と結婚すべきかどうか迷っていました。
私に相談があり、一度会ってみて欲しいと依頼がありました。
しばらくして、彼が留守にしている時、その彼女が訪ねて来られ、私の部屋に来て、どこか行先を知らないかたずねられました。
私は場所を知っていましたので、彼女をバイクに乗せて送って行きました。
とても感じの良い人ではっきりした人でした。
それで彼に言いました。
とても良い人だと思うから、ぜひ結婚しなさいよと。

間もなくして結婚され、引っ越しされました。
もちろん引っ越しの手伝いもしました。
私が会社のトラックを借りて来て、一日がかりでした。

私は私で当時恋愛中でした。
私の両親が賛成してくれませんでしたので、どうしたらよいかなどと彼に相談したこともあります。
ところがその恋愛中の私の彼女が突然病気で亡くなっしまい、現在の家内と見合い結婚することになりました。

家族ぐるみでのお付き合い

両家族とも子供ごとみんな一緒に付き合いました。
彼の子供さんの方が少し大きかったですが、七五三に一緒に行きました。

ところが少しして彼たちのお子さんが亡くなったのです。
彼も悲しみましたが奥さんの悲しみは見ていられないほどでした。
自分の親を亡くすよりも子供を亡くするのは辛いと聞いていましたがその通りでした。
葬式のとき、霊柩車に乗られる姿を私が写真に撮りましたが、とても気の毒でお渡ししませんでした。

彼は実は結核を患っていたのです。
人には移らない種類の結核なのですが、肺の一部を取る手術も受けました。
家ではチューブを鼻に入れています。
私がお邪魔しますと、話するのに邪魔だと言って外していますが、しばらくすると苦しくなってきたから付けるね、と言ってまたチューブを付けます。

彼はタクシー会社で経理を担当していましたが、新しく子会社が作られそこに数名で転勤することになりました。
運送会社です。
新しく立ち上げ、頑張ったのですが、倒産してしまいました。
出向だとばかり思っていた彼は元のタクシー会社に帰ろうとしましたが、移籍扱いとなっていたため戻ることが出来ず、困ってしまいました。

私は、私の会社の上司に相談し、顧問弁護士に面会することが出来ました。
弁護士にいきさつをお話しし、何とか元に戻る方法は無いものかと相談しましたが、「それは法的に完全であり、戻ることは出来ない。ていの良い首切り方法の一つだ」と言われてしまいました。
弁護士に相談料は払いませんでした。お礼を言っただけです。
会社の顧問弁護士であり会社からそれなりの手当てを貰われているからです。
彼にそのことを伝えますと、ひどい事されたと残念がっていましたが、弁護士にはっきり言われたことであきらめもつき、元気を取り戻してくれました。

その後奥さんの一生懸命の働きで新しい家を建てまた引っ越しでした。
その後彼は今度は目を患い、非常に見づらくなったために、ギターの楽譜を読むのに苦労しました。
大きく引き伸ばした特大の楽譜を使っています。
彼は車を持っていましたが目のために運転はしなくなりました。
それで、私が彼の家に遊びに行くことばかりになりました。

彼は友達が少なく、心から信頼できる友人としては私だけでした。
毎日が仕事もなく、チューブを付けての生活です。
ギターだけが彼の生活のすべてでした。

私が訪ねて行きますと、本当に喜んでくれます。
私が車で来ていることは十分承知の上で、とっておきのお酒を出してくれます。
奥さんも手料理を作ってくださいます。
酔いがさめるまで私は帰れませんから、結局一日仕事になってしまいます。

毎日ギターをやっているのですが、目の事もあり、なかなか思うようには出来ません。
私が、そこは違うよ、こうするんだ。とお手本を見せます。
すると彼はその音を頼りに修正して演奏します。

本当の親友を心で感じる

そんなある日、突然の電話だったのですが、彼が亡くなったという知らせが入りました。
飛んでいきました。
白い布をかぶって寝ていました。
横の部屋では奥さんを中心に兄弟たちが集まり、葬儀屋と打ち合わせ中です。

その打ち合わせの中に私も入り込みました。
段取りの事など話が終わってから、やっとなぜ亡くなったのか詳細を聞くことが出来ました。
地下鉄の駅構内を歩いている時、喀血して窒息してしまったのだそうです。
救急車で運ばれましたが生き返ることは出来なかったのです。

私は一番の友達をなくしてしまいました。
これほど信頼し合える友人は居ませんでした。
なんでも気軽に話すことが出来、自分をさらけ出して話し合えます。
こちらの都合の良い時いつでも連絡して遊びに行けます。
普通の友達ですと、こんなことは言わない方が良いかなどと気を使いますが、まったく気遣いなどしません。
彼も同じです。
誰にも見せない弱音を見せ合い、互いに自分の事のように心配し喜び合う。
そんな二人の間柄でしたのに、もう彼は居ません。
今から数年前の事ですから、70少し過ぎでしょうか。
親友を失うことは辛いです。

でも当然と言えば当然なのかもしれませんが、彼との縁が切れた途端、家族ぐるみで付き合っていたすべての関係が同時になくなってしまったのです。
年賀状も来なくなりました。出しもしません。
奥さんの所へ慰めに行こうかとも思いましたが、誤解されては困ると思い、行ってもいません。
まったくプッツリと交流は途絶えていまいました。
彼と私の友情と言う一本の糸がすべてを支えていたのでしょうか。
この糸が切れた途端、すべてが崩壊してしまったのです。

残っているのは私の心にある彼の姿です。
彼との楽しい交流の思い出です。
彼が本当の親友であったことは、彼の死によって明確になったのです。
本当の親友ということを定義することは出来ません。
本当の親友とは心で感じるものなのだと初めて知りました。
ただの友達ではなかったと明確に心で感じることが出来たのは彼の死によってです。

神様を恨むわけではありませんが、人生には辛い時もあるのがしみじみ分かります。
付き合っている時にはあまり意識しなかったのに、亡くなってから本当に彼は良い人だったと思い出されるのです。
親友だったと思えるのです。
本当の親友とはそんなものなのでしょうか。



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