世話と面倒
違いとその使い方

 
世話と面倒はほとんど同じ意味ですが、通常、「お客様のお世話をする」とは言いますが、「お客様のご面倒をみる」とは言いません。
世話も面倒も同じような行為ですが、「世話をする」と「面倒をみる」にはニュアンスの違いがあるのです。
それぞれの意味と違いや使い方について説明します。

世話と面倒の意味とその使い方

世話をするの意味

1 自分以外の人の面倒をみること
 尽力すること

2 間に立って取り持つこと

3 手間がかかって面倒である

「せわ」の語源は、「せわしい(忙しい)」にあると言う説もあります。

1 の例
子供の世話をする・・子供の着替えや食事など
部下の世話をする・・部下の困っていることに助言をするなど
病人の世話をする・・病人の介護や付き添い
客人の世話をする・・お客様の浴衣を出したり食事を出したり

2 の例
斡旋する・・就職先を紹介する
取り持つ・・仲人として間を取り持つ
仲裁する・・喧嘩の仲直りのために力を貸す

3 の例
世話がかかる・・子供がまだ小さいので面倒がかかってしまう
世話をかける・・自分の困っていることに対して手伝ってもらったり助言をもらう
お世話様・・大変お世話をおかけしてしまいました。 余計なことは言ってもらわなくても結構です。

これらの例のように、「世話」の内容、行為は「面倒」と同じで、他の人のために労力なり、知恵なりを使って何らかの行為を行うことです。
世話をしてもらった人は、世話をしてくれ人に対し、感謝することになります。
その感謝されるような行為を「世話」と言います。

面倒をみるの意味

 世話をする・尽力する

 手入れ・気を配る・守る
 
 担当・後見・後押し・力添え

などの意味を持ちますので、ほとんど「世話をする」と同様の意味になります。
相手が楽になれるように取り計らうという意味です。

世話と面倒の使い方

「世話」と「面倒」は、その行為や意味はほとんど同じなのですが、使い方においては重要な違いが出てきます。
「世話」と「面倒」にはニュアンスの差があるからです。

「面倒をみる」の場合

「面倒をみる」は上司や客人に対しては使いません。
「面倒をみる」は「世話をする」と同じで相手が楽になれるように取り計らうという意味は同じなのですが、少し見下した意味を持っているからです。
「部下の面倒をみる」は使っても良いのですが、「上司の面倒をみる」というのは使わない方が良いです。
部下に対して、「面倒見てやるよ」と言うのは不自然さはありませんが、上司に対して、「ご面倒見させていただきます」と言うのはどうも不自然になってしまいます。

「世話をする」の場合

「世話をする」は上司や客人に対しても使えますし、部下に対しても使えます。
「世話をする」は「面倒をみる」と同じで相手が楽になれるように取り計らうという意味は同じなのですが、見下したりはしていないからです。

ただ、上司や客人にたいして使う場合は、「お世話をさせて頂きます」などと丁寧に言った方が良いです。

「世話になっている人」とは

「世話になっている人」と言うのは「世話をした人」の事でしょうかそれとも「世話を受けた人」の事でしょうか。

お歳暮は世話になっている人に送ります、という場合。
この場合は「世話になっている人」は「世話をした人」を意味しています。

Aさんの世話になっている人はたくさんいますね、と話に出る場合。
この場合は「世話になっている人」は「世話を受けた人」を意味しています。

日本語と言うのは難しいものです。
日本人である私たちにとっても難しいですから、外人さんにとってはさぞ難しいでしょう。
同じ「世話になっている人」が、「世話をした人」になったり「世話を受けた人」になったりしてしまいます。

「世話」+「になる」=「世話になる」

この「になる」は助詞と動詞からできている言葉で、補助形式と言われます。
この補助形式を使った言葉として、
ご馳走になる、厄介になるなどと言った言葉もあります。

「世話になっている」というのは、誰かが誰かの世話をしている状態ですが、これだけではその状態は分かりますが、どちらの人を指しているのか分かりません。
これは文脈から判断しなくてはならないのです。

感謝をしなくてはならない人について語る場面であれば、「世話になっている人」は「世話をした人」を示します。
世話をしてくださった方に感謝の意を示しているわけです。
もし、反対にこの感謝しなくてはならない場面において、「世話になっている人」を「世話を受けた人」と解釈すれば意味が通りません。
「世話を受けた人」になぜ感謝しなくてはならないか不自然です。
やはり、世話をした人に対して有難うございましたと感謝するのが当然ですから、この文脈の場合には「世話になっている人」は「世話をした人」と解釈されるわけです。

困っていることに助言をするなど普段尽力をされている方のことに話題が移っている場面において、その尽力されている方の「世話になっている人」という場合は、その「世話になっている人」は「世話を受けた人」と解釈されることになります。
これを逆に「世話をした人」と解釈すればその言葉は意味不明になってしまいます。

また、「Aさんのお世話になっている人」と言う場合もその場面や文脈によって、Aさんは「世話をした人」にもなりますし、「世話を受けた人」にもなります。
たくさんの人や学生がAさんに面倒をみてもらっている話の中ならば、Aさんは「世話をした人」になります。
Aさんの生活が苦しく、多くの人から援助を受けている話の中ならば、Aさんは「世話を受けた人」になります。
この例においては、「お世話になっている人」は、それぞれ「世話を受けた人」と「世話をした人」になります。

感謝の意を込める場合

感謝の意を表したい場合、
「世話」の言葉を使うか、「面倒」の言葉を使うか場合によって使い分ける方が良いでしょう。

一般的に無難なのは「お世話になりました」です。

しかし、大変なトラブルを解決していただいた場合などには、「ご面倒をおかけいたしました」と言うこともできます。

退職時の挨拶などで、部下の人たちに述べる言葉としても、
無難なのは「お世話になりました」です。
しかし、大変なトラブルを一緒に乗り越えてきた場合などには、「ご面倒をおかけいたしました」と言うこともできます。

「面倒」と言う言葉を使う場合の注意すべき点は、話の文脈として、私は皆さん(又は貴殿)のご尽力のおかげで今こうしていることが出来るのです。有難うございましたと言う感謝の気持ちを十分に表すことです。
そうすれば「面倒」はその尽力を引き立ててくれる言葉になります。
この文脈や感謝の言葉を述べませんと、空々しい「ご面倒をおかけいたしました」になってしまいます。



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