|
|
氏子総代は宮司を補佐すると言われていますが、私たちの神社の氏子総代は、祭礼の実施のほか労力提供が多く、なり手が少ないため、やめたいと思ってもやめられないのが実情です。 でも地域のためと思い、皆一生懸命やっています。 本来の氏子総代の仕事wikipediaによれば次のようになっています。「神社本庁の庁規による事項である。神社本庁被包轄でない神社については、この通りとは限らない。 氏子総代は、神社の祭礼にあたって神職に協力したり、氏子・崇敬者の世話をしたりする。 その神社の氏子・崇敬者のうちの「徳望が篤い人物」の中から宮司が選任することとなっており(実際には責任役員が決めているという神社も多い)、通常は複数人選任される。」 要するに、氏子総代は、神社の祭礼にあたって神職に協力したり、氏子・崇敬者の世話をしたりするとされているわけです。 また、氏子総代は宮司が選任するか、責任役員が決めているとなっています。 私たちの神社の氏子総代について以下はすべて私たちの神社における話です。氏子総代のなり手昔は区域における裕福な実力者が氏子総代となり、表札にも大きく「氏子総代」と掲げていました。神社の日常の業務は一般の氏子が分担してこなしていました。 しかし、近年はそのような富豪な実力者が氏子総代になるのではなく、ごく一般的な家庭で定年退職したとか、自営業で暇のある人などが氏子総代を務めています。 多少の手当ては出ますが、神社から給料が出るわけではありませんので、地域の方々のためになるのであればとの思いから、ボランティアとして氏子総代を引き受けているのが実情です。 しかし、仕事内容は相当にきつく、負担になりますので引き受け手がなかなか見つからないのが実際のところなのです。 辞めたいけれども辞められない私たちの神社は市の中で上位に位置する神社です。そのため、神社の影響している区域は広く、いくつかの区域にまだがっています。氏子総代は数名います。 各区域から一名とか二名選出されるのですが、その区域の伝統により選出方法は異なります。 多くの区域では、自分が辞めたいと思えば後任者を自分で探し出してこなければなりませんが、引き受け手がなかなか見つからず、やめたいと思ってもやめられない人が結構居ます。 私の区域では、後継者は別の人が決めてくれますので、私に限ってはその心配はありません。 一応、任期は3年と言うことになっていますが、再選は妨げられず、何年でも務めることは出来ますし、いつでもやめることもできます。 しかしこの氏子総代はボランティアと言っても良いと思いますが、地域の方々のために神社を守ると言う精神の持ち主でなくては務まりません。 そのため、私たち氏子総代は全員良い人ばかりです。 互いの気持ちを汲み取り、仕事も協力し合い、和気あいあいと過ごすことが出来ます。 私自身、このような人との交流を期待するところが大きいです。私は、単にボランティアのためではなく、交流の場と言う意味でもまだ何年か務めたいと思っています。 氏子総代の実際の仕事お札売り神社の役目として、氏子の皆様にお札を授与しなければなりません。年の初めには新しいお札を神棚に入れる方は多いです。 引っ越してこられた方は、新しい住かにお札を揚げられますし、お願いごとのある方もお札を必要とされます。 神様のお札を「授与」すると言いますが、現実には販売のようなものです。お札の種類により定価が決まっています。 お守りもあります。氏神様のお守りです。 交通安全を願うお守りもありますし、絵馬もあります。 これらを授与(販売)するためには人手が必要です。 その人手として、氏子総代が窓口に立つのです。 清掃神社も清掃しなくてはなりません。普段は電気掃除機で拝殿や社務所を清掃し、たたきや参道の落ち葉を掃除し、トイレも掃除します。 毎月1回、地域の氏子の方が境内全体の大掃除をしてくださいます。 落ち葉がたくさん集まります。 軽トラに一杯で収まらず、2回くらい処分に行かなくてはなりませんがそれは氏子総代の役目です。 祭礼、式典本来の役目ですが、式典もただ黙っていてできるものではありません。例えば、神社のぼりを揚げることもありますし、紫の幕を張ることもあります。 クジラ幕も張りますし、胡床を出してきて、来賓の名札を作り、張り付けなくてはなりません。 宮司の進行を案内する司会もしなくてはなりません。 一般には月次祭(つきなみさい)がありますが、赤ちゃんの初宮参りもあります。 七五三もありますし、古希祝や安全祈願の式典もあります。 例大祭は大掛かりです。準備に二日は掛かります。当日の式典をこなし、翌日は後片付けです。 一番大変な仕事中でも一番大変なのは歳旦祭という正月の式典です。この式典は例大祭の準備のほかに、しめ縄作りと門松作りが加わるからです。 さらに、式典そのものが夜中の2時なのです。夜中の間もお札を授与したり、御朱印を書いたりしなければなりませんから徹夜になります。 1月1日になったその瞬間から甘酒やお神酒をふるまいます。 甘酒だってただでは配れません。準備しておいて、大きな鍋で煮立てて渡さねばなりません。 そのためにはテントを3張りたてて、机をずらりと並べます。 境内の中央には大きなお焚き上げと言う火が燃やされます。 この材料は家一軒分くらいの廃材を切り刻んで燃やします。 厄年の方が手伝ってくれますので助かりますが、一晩中そのお焚き上げの火の管理をするのは氏子総代の役目です。 火が弱くなれば材料を放り込み、強すぎれば水をかけて弱め、崩れ落ちてくる火のついた材料は長い棒で押し込みますが、とても熱くてたまらない仕事です。 しめ縄作りも大変です。 最近は藁が入手しにくいですから特別に作っていただき、それをそろえてハカマを取り除き、鎚で打って柔らかくする準備から始まります。 翌日、これを編み上げるわけですが、ほぼ1日かかります。 門松も作らなくてはなりません。 まずは竹の切り出しです。直径15cmから20cmくらいのまっすぐな竹を選び、切り倒します。3mか4mの長さに切ってトラック一杯切り出してきます。 門松だけではなく、井戸の蓋の作り替えや、手洗い場の竹の交換などいろいろの所に使いますのでこれも1日仕事です。 松を取りに行き、梅を取りに行き、熊笹やウラジロもとってきます。 南天も切り出してきます。 門松作りには下部の樽を作ったり、斜めにカットしたりと色々の作業があります。 芳名板作りも手がかかります。 玉串料やお神酒の奉納がありますので、その方のお名前を短冊に書いて大きな芳名板に張り付けるのです。 歳旦祭の準備のため12月25日から毎日神社に出かけ、1月4日まで連続で仕事があるのです。 途中で1回か2回交代で休みを取りますが、実際大変です。 その他の仕事本来の氏子総代の仕事なのでしょうが、神社の運営について話し合い、結論を出さねばならないこともあります。カラスが神社の森の中に巣を作り、飛び回っていて危険だとか苦情があったり、蜂が巣を作っているから神社の責任において駆除してほしいとか、石畳が痛んでいるとか種々様々なことをこなしていかなくてはなりません。 ある時、灯篭をもらってもらえないかと言う話が来ました。 大きな灯篭で由緒あるものですが、土地の問題でどこかに移設したいため、私たちの神社でもらってもらえないでしょうかと言う話でした。 数名の氏子総代で引き受けるかお断りするかの検討が行われましたが、賛否両論に分かれてしまいました。 引き受けるのに賛成と言う方は、神社にハクが付き、参拝者にも喜んでもらえると言う意見です。 お断りすると言う方は、もし万一倒壊して人身事故にでもなったら大変なことになるのでやめた方が良いと言う意見です。 設置する場所もありますし、移設費用も何とかなりますのでこの点については議論の余地はありませんでしたが、どうするべきか何回も議論を重ねました。 皆で真剣に検討し、結局お断りすると言う結論になりました。 その結果を宮司に報告し、了解を得て決着したわけです。 このような本来の仕事も行っているのです。 |